「この教えは諸法の中でも、最も優れております」。百済の聖明王から、仏教信仰の功徳を聞いて喜んだ欽明天皇ですが、もう1つ、天皇や当時の人々を驚かせたものがありました−−仏像です。それまで日本の神々は、山や岩、木などの自然物、鏡などの依り代に宿ることはあっても、具体的な姿ではイメージされていませんでした。そこに金銅像という形で現れたのが「仏」だったのです。その光輝く姿を見た天皇は、非常な感銘を受けたといいます。いままでとまったく異なる文化に出会った衝撃。こうして、日本での仏教の広がりに、仏像は重要な役割を担うことになります。

日本に仏教が公式に伝えられたのは、百済の聖明王から仏像等が贈られたときとされています（仏教公伝）。しかし、実際にはそれ以前から、渡来人によって私的に信仰されていました。継体朝に渡来した司馬達等はその1人で、娘の嶋もすでに仏法を学んでいました。一方、馬子の元には、仏教の信仰の対象となる仏・法・僧の三宝のうち、「仏」と「法（教え）」を象徴する仏像と経典がもたらされていました。残るは「僧」です。馬子がさらに仏法を広めようと出家者を求めたとき、それに応えたのが嶋と、同じく渡来人の娘である２人の少女でした。

父である蘇我稲目と物部尾輿の争いを繰り返すかのような息子たち、馬子と守屋。守屋らは、幼い善信尼たちにまで憎しみを向けますが、そこまでしても疫病はおさまりません。敏達天皇や守屋までもが病にかかると、人々は「仏像を焼いた罰だ」というようになります。馬子が再度、天皇に仏教信仰を奏上すると、私的に拝礼することを許され、善信尼たちも馬子の元に戻されました。馬子は３人の尼を敬い、新たに仏殿を造り、仏像を安置します。しかし、馬子と守屋の対立は激化。その背景にはやはり覇権をかけた争いが隠されていたのでした。

「受戒」とは「戒」を受けることで、「戒」とは仏教信者が守るべき規範のことです。決められた儀式を経て与えられるもので、正式な受戒によって、正規の僧・尼となります。また、その結果、自らが「授戒（戒を授けること）」できる立場となり、新たに僧・尼を誕生させることが可能になります。善信尼らは、真の仏教者としての道を歩むため、また、仏教の興隆を願い、後に続く僧・尼を育てるために正式な受戒を望んだのでした。その決意の前には、海を渡ることも障害とはならなかったようです。

百済から帰国した善信尼たちが住持した桜井寺は、蘇我稲目が欽明天皇から下賜された仏像を祀った「向原の家」があったところ。物部尾輿によって焼き払われたのを、馬子が「桜井寺」として再建します。592年には、この辺り一帯を「豊浦宮」として推古女帝が即位。９年後、小墾田宮へ遷ると、馬子は豊浦宮跡に桜井寺を移し、「豊浦寺」